丸山健二「トリカブトの花が咲く頃」下巻を読了
ー自然讃歌と人の世への糾弾を行きつ戻りつするうちに読了ー
「巡りが原」が語る物語、ゆっくり読んでいたせいかすごく長い時の流れのように感じていた。
だが最後に近づくと、巡りが原が「わずか半日」というようなことを繰り返して言うので、ハッと現実に戻される。
「トリカブトの花が咲く頃」は、ある日の午後のわずか数時間たらずを語った小説なのだ。
でもテーマの重さといい、自然の美しさといい、時間を自由自在にたわめ、いつまでも哀しい繰り返しを続けてしまう人の世を見つめているような小説だと思った。
引用文の逸れ鳥の囀り「世界は人間に無関心であり 救世主はいまだ到來せず 人間は平和に無関心であり ために戦爭が獣性の遺産となる」という身も蓋もない事実が、丸山文学の大切なテーマでもある。
一方で「あした開く花は欲も得もなく眠りこけている」という文は、毎日庭づくりに励まれている丸山先生だから出てくる文だと思う。
自然を語る美しい文、人の世を糾弾する厳しい文……そのあいだを行きつ戻りつするうちに、時の流れを忘れてしまう「トリカブトの花が咲く頃」には、たしかに「。」は不要なのかもしれない。
あの逸れ鳥が
ひときわまばゆい光彩を放つ落日を背にし
かなり皮肉な調子で
こんなさえずりを放っている
世界は人間に無関心であり
救世主はいまだ到来せず
人間は平和に無関心であり
ために戦争が獣性の遺産となる
ほどなく
「巡りが原」に淡い影を散らす夜が落ちかかり
美しいが上にも美しい
多大の真理をふくんだ月光は
現世におけるかぎりない試練の数々と
死に満腹してしまったトリカブトの花々を優しく照らし
すえ枯れた花は「罪とは何か」を問いかけ
きょう満開の花はひたすら至福の高みにあり
あした開く花は欲も得もなく眠りこけている
(丸山健二「トリカブトの花が咲く頃」下巻487頁488頁)