丸山健二「風死す」1巻を少し再読する
ー意識を束ねてゆく言葉の力ー
私自身、駅のミルクスタンドで飲む牛乳も好きだし、深夜のホットミルクも好きなせいか、以下引用文が目に留まった。
主人公が駅の売店で購入したホットミルクを飲むほんの一瞬、意識に働きかけてくる様々な記憶が描かれている。
読んでいるときは気がつかなかったが、字数をレイアウトに合わせることで文が凝縮されてゆき、だんだん己に目が向いていく感じがある。
「強者には絶対付き従わず 獣の人間化に邁進し」という漢字が多いせいか強い印象のある言葉で思いが頂点に達するように見える。
「旅の空に病んで」からは緩み、詩的になり始めてゆく気もする。
「生の守備一貫を 投げ捨て 安らぐ」は、まさにホットミルクを飲んで様々な時を流離う主人公の思いを表現しているだろう。
人によっては、ホットミルクを飲んでいるだけではないか……と言うかもしれない。
でもホットミルクを飲んでいる一瞬を描きつつ、言葉が時を縦横無尽に束ねているようで、言葉の持つ可能性というものを考えた箇所である。
人混みに弱いことを自覚して身辺に気を配りつつ 駅構内を歩き
売店で購入した温かい牛乳を飲むと 切実な問い掛けが生じ
回避不能な無がひと塊りになって 心の上にどっとのしかかり
必需品を納めた小物入れでも紛失したかのように狼狽し
自我からいっさいの意味をみずからの手で消し去り
異論百出が胸の四方八方を微動だにせず睥睨し
昔時を現代という名の槍で激しく突き上げ
政権の醜悪な争奪戦を冷ややかに眺め
和菓子を調進する若い女将に惚れ
角目立っての口論を受け流し
強者には絶対付き従わず
獣の人間化に邁進し
旅の空に病んで
生の首尾一貫を
投げ捨てて
安らぐ。
(丸山健二「風死す」1巻56頁57頁)