丸山健二「風死す」1巻を少し再読する
ー「風死す」の主人公が常時携行しているのはポケットアンソロジー的な本!たしかにポケットアンソロジーが似合う!ー
以下二つの引用箇所に描かれた主人公ー犯罪者にして詩人、末期癌患者である20代ーの内面に、人間がバタバタと足掻いて生きる苦しさ、美しさを思う。
月の明らかな深夜に太陽に背いて立つおのれを夢想したところで意味はないと
そう弁えながらも試さずにはいられず というか 気づいた際には実行し
(丸山健二「風死す」1巻60頁)
とうとう分解が不可能なところまで追い詰められた おのが乱れし身魂は
またしても激しく揺さぶられて 湯玉飛び散る危険な沸点へと近づき
(丸山健二「風死す」1巻62頁)
上記引用の苦しみつつ生きる思いは分かるけれど、私はいい加減に生きているから……と思った矢先に、自分と重なる箇所を発見、途端に「同志よ」という気分になってくる。
以下引用箇所を読めば、「風死す」の主人公は田畑書店のポケットアンソロジーみたいな本を愛読しているではないか……と発見。
たしかに風のように生きる主人公にはポケットアンソロジーが似合うと思い、私でも分かる感覚のおかげでぐいと引き寄せられる。
数冊の小冊子を綴じ合わせて作った自分専用の本を常時携え
(丸山健二「風死す」1巻63頁)
さらに以下の引用箇所、薬を廃棄するのも、喧嘩を見物するのも、私みたいだ……と難解そうな「風死す」が一気に近く感じられてくる。
ただし「指呼の間にある彼岸」だけはどういう感覚なのだろう……と想像して楽しむ。
すべてがわかるわけでないから面白くもあるし、難しいなかに自分と重なる部分を少しでも見つけると距離が一気に縮まっていく。
処方箋によって調剤された薬を廃棄し
指呼の間に在る彼岸を前に嘆息し
街中の派手な喧嘩を見物し
(丸山健二「風死す」1巻63頁)