さりはま書房徒然日誌2023年12月13日(水)

丸山健二「風死す」1巻を少し再読

ー〈苦悩の覇者〉の存在を感じたら、たしかにイライラするかもー

〈苦悩の覇者〉と主人公が語る存在が、悩みだらけの私にはあまりに遠く、最初に読んだときはよくイメージをつかめないまま、ささっと素通りしてしまったような気がする。

以下引用文は、〈苦悩の覇者〉、おそらく苦悩を乗り越えた者を語る言葉を取り出したもの。

読んでみると、善なるもの、醜悪なるもの、この両方がバランスをとって存在している……という状態が、苦悩を乗り越えた存在なのだろうか?

主観と客観との純粋な同一性によって成り立つ、近寄りがたき〈苦悩の覇者〉

(丸山健二「風死す」1巻121頁)

陽光の金糸と紫黒色の粗悪な銀糸によって紡がれた 啓発的な存在

(丸山健二「風死す」1巻121頁)

〈苦悩の覇者〉と対峙しているうちに、主人公は苛立ってくる。こんなスーパーな存在を相手にしたら、誰だって苛立つだろう。

〈苦悩の覇者〉とイライラと向かいあっているとき、主人公が「もうひとりの自分」を呼ぶ姿が心に残る。

どうやっても到達できそうにない相手を前にしたとき、私たちは「もうひとりの自分」に助けを呼ぶのかもしれない。

もうひとりの自分をいくら呼んでも返事がなく
  とうとうしびれを切らして 怒鳴りまくり

(丸山健二「風死す」1巻122頁

以下引用文は〈苦悩の覇者〉を感じたあとの青年の心象風景。

「船が島影にに隠れるようにして」という悲しみに満ちた比喩。

「街灯が転じられるたびに」の後の意外な展開。

「完全離脱を疑問視」する心のやるせなさ。

「精神的な内玄関」という抽象的な事物を具体的なもので表現する面白さ。

「銅臭」という知覚に働きかける文で考えさせる意外。

最後「楽しむ」という三文字には、どこかそっと背徳を楽しむ雰囲気がある。

船が島影に隠れるようにしてささやかな希望が失せ

  街灯が点じられるたびに 人生設計が立ち消え

    破滅への恐ろしさで その場に居すくまり

      二十代の年齢層に見られる傾向が濁り

        属する集団の完全離脱を疑問視し

          精神的な内玄関がないと悟り

            銅臭を嫌う者を忌み嫌い

              獲物に目星を付けて

                身体内部を欺き

                  正当を欠き

                 
                  様変わりを
                    楽しむ。

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