さりはま書房徒然日誌2023年12月14日(木)

丸山健二「風死す」1巻を少し再読

ー「記憶の流れ」を追いかけているような文ー

以下引用文は、句のかかり方をおそらく意識的に飛ばしたり、不鮮明にしたりしているのだと思う。
その結果、記憶がゆらめく中で思考しているようにも思えて面白く感じた。
引用文の箇所は、どうもレイアウトが再現できず説明しにくいので、写真を掲載させて頂いた。

「果てしなく流れつづけよ」は、直後に続いていくようにも、あるいは「おのれにしっかり託された病的な使命は」に続くようにも思える。

どちらが続きの文なのかと選択することで、「果てしなく流れつづけよ」という言葉への意識が変わってくるのではないだろうか。
どこに続いているのか判断を変えることで、二つの意識がせめぎ合うような文ではないだろうか。

「行けるところまで行くしかない」という言葉も、前の「おのれにしっかり託された病的な使命は」に続いているようにも、あるいは「おのれにしっかり託された病的な使命は」にかかっているようにも、どちらにも取れるように、わざと書いている気がする。

「精神の全体を衝き動かす」も、前の「おのれにしっかり託された病的な使命は」に続いているようにも、あるいは「魚形水雷に似た何か」にかかっているようにも思える。

こんなふうにどっちとも取れる文を故意に散りばめることで、記憶の流れを行ったり来たり……している感じがする。

丸山先生は「風死す」を「記憶の流れ」と言われたが、まさに記憶の流れにふさわしい書き方ではないだろうか。

「果てしなく流れつづけよ」という 従属せざるを得ない分だけ実に嘆かわしく思える
  そうなるとあとはもう 「正当化以外に何が考えられようか」とでも言うしかなく
    存在そのものを無に帰せしめてしまうほどの 実に虚しい欺瞞を小脇に抱えて
      行けるところまで行くしかない おのれにしっかり託された病的な使命は
        精神の全体を衝き動かす 魚形水雷に似た何かを闇雲に求めた結果が
          底なしの泥の沼に引きずりこまれて 漠とした戦慄に取りこまれ 


(丸山健二「風死す」1巻141頁)

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