丸山健二「千日の瑠璃 終結1」を少し読む
ーそっと言葉が想いを、場面を紡いでゆくー
十月二十五日は「私は虹だ」で始まる。
「ありふれた」虹が、人の世をを語り、だんだん自分へと近づこうとしてくる世一、定年退職した元大学教授の二人に対象を絞り、ついに最後には諦めることのない元大学教授ただ一人を語る。
広い世界から、ぎゅっと焦点をフォーカスしてゆく最中に、吹き抜ける風のような世一の存在も「万物とよしみを通じている」と虹ならではの見方が印象的である。
以下引用文。「限りない索漠さを秘めた冷たい雨」が降った後だからなのだろうか、「不整合だらけの地上」という言葉がずしりと心に重く響く。
最後の「振り仰ぐ」という言葉に、「仰ぐ」だけではなく「振り仰ぐ」にしたからこそ、ちっぽけな人間が広大な空にかかる虹を眺める様子が浮かんでくる気がする。
限りない索漠さを秘めた冷たい雨がようやく上がって
不整合だらけの地上は
ふたたびいくばくかの可能性を孕んだ陽気な光に
遍く覆われてゆき、
そして
いつまでも正義の大道を踏み行えぬ者や
どうやっても晩節を全うできそうにない者が
さも眩しげに顔をしかめて
私を振り仰ぐ。
(丸山健二「千日の瑠璃 終結1」98頁