さりはま書房徒然日誌2024年2月5日(月)

変わりゆく日本語の風景

ー昼食(チュウジキ)から昼食(チュウショク)へー

文楽公演1部「仮名手本忠臣蔵」を観に行った。文楽は江戸時代の上方の言葉のままで語られる。言葉のタイムトラベルを楽しめるのも文楽の醍醐味の一つだと思う。一方、歌舞伎は分かりやすさを求めてだろうか……言葉をほぼ現代のものに置き換えている。
今日「後に残るは昼食(チュウジキ)の握り飯」という官兵衛の義父の言葉が心に引っかかった。
昼食(チュウジキ)は、今では殆ど使われない言葉のように思う。いったい、どんな風にして昼食(チュウジキ)から昼食(チュウショク)に変わっていったのだろうか?

日本国語大辞典でまず昼食(チュウジキ)の例文を調べてみる。

室町時代から明治時代まで使われていたようで例文がある。


*運歩色葉集〔1548〕「昼食 チウジキ」

*日葡辞書〔1603~04〕「Chùjiqi (チュウジキ)。すなわち、ヒルイイ。または、ヒルメシ〈訳〉正午の食事」

*浮世草子・新色五巻書〔1698〕二・一「風呂敷より握飯の昼食(チウジキ)喰しもふと始まり」

*破戒〔1906〕〈島崎藤村〉一一・一「昼食(チウジキ)の後、丑松は叔父と別れて」


次に昼食(チュウショク)の例文を調べてみる。
昭和以降の例文しかないから、もしかしたら昼食(チュウショク)という読み方は比較的最近になって生まれたのかもしれない。


*苦心の学友〔1930〕〈佐々木邦〉若様の御手術「先生から予め注意があったので昼食(チュウショク)は取らない」

*白い士官〔1930〕〈阿部知二〉五「昼食(チウショク)がをはった。堀田はうとうとゐねむりする」


さらに日本国語大辞典「昼食」の語誌の箇所にあった説明を要約すると以下。どうやら食生活の習慣と共に表記も変化してきたようである。


古代の日本人の食生活は、現在とは異なり朝食と夕食の二食であり、昼に食べる食事は間食として意識されていた。これが正午(日中)に食する 食事と時間的に近く、朝と夕の中間ということも表わすので朝食と夕食との間にとる食事 の意が生じた。後、次第に三食が一般化したことにより、朝食、夕食に対して昼にとる食事ということで、同音の「昼食」とも表記されるようになったと思われる。(日本国語大辞典より要約)


習慣と共に言葉も変化してゆく。孤食、飽食の現代、食を表す言葉はどう変化するのだろうか?

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