丸山健二「千日の瑠璃 終結1」を少し読む
ー語らずして辛さを想像させるー
十月三十日は「私は嫌悪だ」で始まる。
嫌悪とは縁のなかった「心映えのいい人であった」女……。
彼女が身籠ると同時に腹に宿した「嫌悪」が、主人公・世一を、自分自身を語ってゆく。
この妊婦がどういう暮らしをしている人なのか具体的に作者は語らない。ただ冒頭の数行をもって、きっと辛い思いをしている人なのだろう……だから「心映えのいい人」が嫌悪を腹に宿すようになったのだろう……と推察させる。
そこから幾つもの切ないストーリーが、読み手の脳裏に生まれてくる気がする。
まだ若い妊婦の
苛酷一辺倒の現世に向かってぽんと張り出した
滑稽にして無様な形状の腹に宿る
いかんともしがたい嫌悪だ。
(丸山健二「千日の瑠璃 終結1」118頁)
妊婦の腹に宿る「嫌悪」が語る世一の姿は「さまざまな風を引き連れて」と相変わらず自由で不思議な存在である。
また「昼となく夜となく」という言葉にどこか不気味な存在でもあるように感じた。
半分ほど登ってから立ち止まって振り返った彼女は
さまざまな風を引き連れて
昼となく夜となく
生地の隅から隅までを徘徊する少年を
さも憎々しげにもう一度見やり
(丸山健二「千日の瑠璃 終結1」120頁