丸山健二「千日の瑠璃 終結2 」三月十四日を読む
ー単純だけど心に残る会話ー
三月十四日は「私は落書きだ」で始まる。ドライブインの塀に描かれた落書きが語る。
以下引用文。落書きの中でも、無抵抗の世一を塀に押しつけて三色スプレーを吹きかけて描かれた落書き。
愛犬が「わん」と吠えたことで、その落書きに気がついた盲目の少女の反応と言葉が心に残る。
丸山先生は滅多に会話を使わないけれど、その分、使う時は雄弁に物語る会話になっている気がする。「ああ、よいっちゃんだ」という簡潔な言葉に、盲目の少女の声音、表情が浮かんでくるような、世一への思いが溢れている。
「しまいには 単なる平面にぴたりと自分の体を寄せた」という少女の行動の後だけに、「私が心底からおのれのことを誇るに足る存在と感じたのは それが最初で最後だった。」という落書きの言葉は深く納得してしまう。
すると少女は
少しもためらうことなく
まっしぐらに私のところへ近づき
指先の感触のみを頼りに
たちまち世一を探り当て、
「ああ、よいっちゃんだ、よいっちゃんだ」と幾度も呟いて
しまいには
単なる平面にぴたりと自分の体を寄せた。
私が心底からおのれのことを誇るに足る存在と感じたのは
それが最初で最後だった。
(丸山健二 「千日の瑠璃 終結2」261頁」