丸山健二『千日の瑠璃 終結3』
ー世一の不思議な力ー
四月二十日は「私は路地裏だ」で始まる。一つの独立した童話のような趣があって、とても好きな箇所である。
神仏のたぐいと肩を並べるほどの勢いの太陽が
まほろ町の上空に差し掛かってもなお
ひたすら隠に籠もりつづける路地裏だ。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結3』6頁)
そんな路地裏を通過するとき、世一は「なぜか足音を立てず 口笛をも吹かず 訳のわからない独り言を吐いたりもしない。」
以下引用文。通り過ぎる世一に路地裏はこう諭す。
ここは
生きることを諦め
さりとて死ぬに死ねない者だけが
ひっそりと固まって暮らす場所だと
(丸山健二『千日の瑠璃 終結3』7頁)
以下引用文。
路地裏の諭す言葉を聞いた世一はしばし無言になったあと、「遣りきれないため息を残してひっそりと立ち去り」。
だが、そのため息が次第に変化して、人々に働きかける力に変化してゆく。その有様が抽象的な言葉を使っているのに、目に見える不思議さがある。
その微かな余韻は
ほどなく
実に生々しい質感を伴って
波紋状の広がりを見せ、
やがて
押しも押されもしない
堂々たる弁駁と化し、
そこかしこで
大きな渦を巻く。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結3』8頁)
以下引用文。路地裏は世一のため息の「禍々しい渦をひとつずつ潰しに」かかる。
だが世一のため息は、ひっそりと暮らしていた路地裏の人々を変えてしまう。
疎まれていた世一が、人々を変えてゆくという展開に、丸山先生の弱い者の不思議な力を信じる思いが強く心に残った。
しかし
時すでに遅く
これまでひっそり閑としていたあちこちの家から
微笑があふれ出した。
ほどなくして
窓や戸が開け放たれる音が相次ぎ
あたかも祭りでも始まるかのごとき
そんな浮いた雰囲気が募ってゆく。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結3』9頁)