さりはま書房徒然日誌2024年7月16日(火)

丸山健二『千日の瑠璃 終結3』五月十三日を読む

ー世一の悲しみー

五月十三日は「私は丘陵だ」で始まる。「丘陵」が見つめる少年世一はいつもと違って体の揺れもなく、微動だにしない。

以下引用文。やがて丘陵は世一の心の悲しみに気がつく。

最初の「世一は〈無〉それ自体を眼中に納め 〈虚〉を表象して止まぬ震え声を微かに発しており」という文から、悲しみが抽象的な画像となって浮かんでくる。

風の「だしぬけに甦った 幼心にも悲しい記憶」という言葉から、「静かに去って行く」姿から、世一の悲しみがひしひしと伝わってくる。

素手で足元に穴を掘る世一の姿にも悲しみが溢れそうである。

「いっしょに投げこみ 土をかぶせて埋め戻し」の悔しさ、やりきれなさに波立つのはうたかた湖の湖面か、それとも私の心なのか……。

世一は〈無〉それ自体を眼中に納め
   〈虚〉を表象して止まぬ震え声を微かに発しており、

   打ち見たところ
      何やら事情がありそうで、

         そこで私は
            当人を避けて
               いったいどうしたのかと
                  風に訊いてみる。


すると風は
   だしぬけに甦った
      幼心にも悲しい記憶に
         ああして耐えているのだと
            そう答えて
               静かに去って行く。


耐えるだけ耐えた世一は
   やがて素手で足元に穴を掘り、

   ついでその穴に
      母親が確かに吐いた「あの子はもう駄目よ」と
         父親が口癖のように呟いた「駄目なものは駄目さ」という言葉を

            いっしょに投げこみ
               土をかぶせて埋め戻し、

               そんな彼の悲痛な叫びが私にこだまして

                  うたかた湖が一面に波立つ。

(丸山健二『千日の瑠璃 終結3』101ページ)  


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