丸山健二『千日の瑠璃 終結3』五月十四日を読む
ーこの世ならぬ雰囲気へー
五月十四日は「私は午睡だ」で始まる。人生がうまくいかず、うつせみ山の竹林の草庵にこもる老人がむさぼる午睡が語る。
以下引用文。彼、すなわち体の不自由な少年世一が午睡中の老人と私(午睡)に気がついて近寄ってくる。
そして鼾の真似をすると「老体にずっしりとのしかかって 私ですらどうにもできなかった重荷が たちまち崩壊」する。
そんなあり得ないようなことも、うっすら目を開けて鼾の真似をする世一の無邪気な様子やら竹林の神秘めいた描写に、読み手も思わず納得して「この世ならぬ雰囲気」へと一緒に進んでゆく気がする。
ほどなく彼は濡れ縁の年寄りに気づき
ほとんど同時に私にも気づいて好奇心が刺激され
ふらふら近づいてくると
何を思ったのか
その隣にそっと体を横たえて
うっすらと目を開けたまま
鼾の真似を始める。
すると
どうだ、
老体にずっしりとのしかかって
私ですらどうにもできなかった重荷が
たちまち崩壊し、
少年の鼾や竹の葉擦れの音によって
もしかするとあの世とやらへ運び去られそうな
そんな気配が濃厚になり
付近一帯にこの世ならぬ雰囲気が漂い始める。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結3』105頁)