丸山健二『千日の瑠璃 終結3』六月八日を読む
ー葡萄酒が曝け出す元教授のねじくれた心ー
六月八日は「私は葡萄酒だ」で始まる。湖畔の別荘地に住む元大学教授によって、ボートからロープに結えられ湖の水で冷やされた葡萄酒が語る。
以下引用文。葡萄酒はボートに引き上げられ、グラスに注がれ、元大学教授にちびちび飲まれ始める。
葡萄酒を湖の水で冷やすという山国らしい風景が一転するのは、葡萄酒が元教授のちっぽけな存在を語りだすあたりから。元教授の心に巣食う偏見を暴いていく……という静かなる葡萄酒の反乱に心惹かれる。
その間
ボートは波と風のまにまに漂い
彼の余生もまた然りというわけだ。
博聞で通っている彼のような者にとって
私は単なる酒ではなく、
つまり
アルコール分のほかに
知性やら情熱やら文化やら歴史やらまでもが溶けこんでいると
そう信じており、
確信することによって
日本酒にはそうしたものが
ほんの僅かしか含まれていないと
勝手に決めつける。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結3』201頁)