丸山健二『千日の瑠璃 終結3』七月二十五日を読む
ー帰還兵の心の闇ー
七月二十五日は「私は熱風だ」で始まる。丸山作品は地名が素敵で、よくある平凡な町の風景が地名のおかげで幻想的な世界に思えてくる。
私は熱風だ、
あやまち川を遡り
うたかた湖を渡ってもけっして冷えないどころか
却って勢いづいてしまう
かなり世慣れた熱風だ。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結3』390頁)
以下引用文。帰還兵の心の闇を描いて戦争の悲惨を訴えてくる丸山作品の中にあって、この老人は少し異質な気がする。でも戦争に至る心の闇が誰にでもあると仄めかしているのかもしれない。
おのれの軍装の写真を唯一の心の拠り所にして
小心翼々として七十五年を生きてきた老人が
床に安臥して間もなく
その命をついに全うする。
大往生の部類に属す死者は
戦争のために南方で残害した無辜の民を思い出しても
もはや良心の呵責を覚えることがなく、
さりとて
一時期は現人神とまで崇めた天皇と同じ年に死ねることを
さほど誇りに思ったりもせず、
(丸山健二『千日の瑠璃 終結3』392頁)