丸山健二『千日の瑠璃 終結4』八月十日を読む
ー老人と傷んだボートー
八月十日は「私は刷毛だ」で始まる。湖で傷んだボートを発見した元大学教授は、刷毛でボートにペンキを塗りつけてゆく。
以下引用文。傷んだボートが「溺死体」にも、「自分が浮いている」ようにも思う元教授がもうこの世から心が去りつつあるのかと思えば、「ボートをあっさり死なせたくない」と思うあたりに、命のしぶとさを思う。
余生を楽しむ振りが大好きな元大学教授は
そのボートを一週間ほど前に偶然発見し、
見つけた直後は
なぜか溺死体に思えたと
そう妻に伝え、
ついで
誰にも聞こえない声で
自分が浮いているようにも思えたと
そうつづけた。
過剰な親近感のせいで
彼はボートをあっさり死なせたくないと考え、
(丸山健二『千日の瑠璃 終結4』54頁)