丸山健二『千日の瑠璃 終結5』より十二月十日「私は自転車だ」を読む
十二月十日は「私は自転車だ」と「自転車」が語る。
「自転車」には乗ることが出来ない不自由な身体の世一。それでも自転車を見て捉えることが出来ない盲目の少女に、自転車なる存在を伝えようとする。
以下引用文。少女の手が自転車の後輪をまわし、その音に耳を傾ける場面。映画であれば、一瞬で終わる場面かもしれないが、言葉にするとこんなに広がりが生まれるのかと思った。
そこで私は
少女のために何かしら特別な音を発してやりたいと考え、
まずは
風によって生み出される波の音と
波が造る風の音を真似てやり、
それに加えて
湖底から途切れ途切れに立ち昇ってきては水面で弾ける
泡の音を巧みに織り交ぜてやった。
ついで
天魔に魅入られたとしか思えぬ病児の口笛を添えながら
信じるに足る未来や
ささやかながらも輝ける希望や
幸福の予感やらを
千変万化する波動として
少女の異常に発達した聴覚へ
強弱をつけながら届けた。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結5』145ページ)