中原中也とその友・高森文夫のことを福島先生の講座で知る
NHK青山での福島泰樹先生の中原中也講座で、中也の友人である詩人・高森文夫のことを知る。講義の中から幾つか心に残ったことを……。
高森文夫は明治四十三年生まれ、宮崎に生まれ育ち、東大仏文科で学んだ詩人だそうである。実際に高森英夫に会って話を聞いた福島先生の話から、中也、高森英夫の青春の日々がよみがえる。
ずいぶん山深いイメージがある地だが、そんなところに青春時代の中也が友人と足をのばしていたとは!
中原中也が白い麻服を着こんで、日豊線富岡駅に降りて来たのは、たしか昭和九年(七年の間違いだそう)のことだった。それから一週間、僕の家に滞在した。まるで他の遊星から堕ちてきたようなこの男との一週間は随分と骨が折れた。朝から酒を飲み、夜は夜で山村の旅籠の二階や、居酒屋の店先で地酒やビールを飲んでは、休息もなく話しかけた。文学と詩と人生について。
(高森文夫「過ぎし夏の日の事ども」朝日新聞昭和30年5月17日、福島泰樹 中原中也の東京15番外・宮崎県東臼杵郡東郷村山陰に引用)
だが常に喋り、常に付きまとう中原中也に高森はやがて疲れ、こう叫ぶこともあった。
中也という存在のエネルギーの強さ、その疎ましさを思う。
朝から晩まで中原面突き合わせていることはとてもかなわない。僕はくたくたに疲れてしまう。腹が立ってくる。この男から一刻も早く逃げ出したくなる。だましてでも別れたくなる。
「畜生!まるでドン・キホーテとサンチョじゃないか。もう御免だ!」
だが高森文夫が中原中也との日々を大切に胸にしまっていたことが、その文からも、福島先生に語る思い出からも伝わってくる。
二人は出来上がっていた詩を見せていたのでは……中也は高森の詩に手厳しい批評をしていたのでは……との福島先生の言葉に、高森文夫の詩を読んでみたくなった。