丸山健二『千日の瑠璃 終結5』より一月二十九日「私は詩だ」を読む
一月二十九日「私は詩だ」は、三歳の幼児が辛口カレーを食べながら食卓の上に並べてゆく「暗い肯定の言葉」と「明るい否定」の言葉が語る。辛口のカレーという言葉がきたあと、こういう抽象的な表現がくるとカレーのおかげだろうか……わからない言葉も何だか理解出来たような錯覚に陥る。
以下引用文。よく見かける光景だなあと思い出す。赤ん坊の心に思いを寄せて見つめる丸山先生の言葉に温かみを感じる。
ほとんど商売用の言葉しか知らぬ彼の両親は
早朝に仕入れてきた野菜や果物を店頭に配置する仕事や
馴染みの客の対応に忙しく、
そのせいで
わが子が即興で組み立てる
意味深くて美しい韻を踏んだ言葉に
まったく気づいていない。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結5』342ページ)
以下引用文。裏口から入ってきた世一が、赤ん坊と一緒にカレーを食べる場面。ここでもカレーという馴染み深い食べ物と口笛のおかげで、後半、少し想像し難いことを言われても想像出来ている気分になる不思議さがある。
すでにして気脈を通じている両人は
スプーンをぶつけ合って挨拶を交わし、
口の周りを真っ黄色にしたかれらは
満腹の悦びを表現したくなり、
幼児は
どこかで寸法が狂った人々について
高等派の調子で詠み、
すると病児が
抒情の口笛でそれを補強する。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結5』342ページ)
