丸山健二『千日の瑠璃 終結6』より四月十二日「私は掛け軸だ」を読む
年老いた芸者が購入した掛け軸。
掛け軸の世界を懸命に眺める芸者。
その目に映る掛け軸の中の世界を語る言葉のみずみずしさ。
掛け軸は、そんな彼女のために季節を変え、戦死した夫を甦らせる。
掛け軸に想いを馳せる言葉の豊かさ、そっと滑りこむ戦死した夫の切なさがわずかなページに、壮大な物語を紡いでいる。
彼女は今
山頂から雲海を望み、
下露に濡れた山道を散策したり
咲き初める桃の花の下に佇んだりする
そんな幸福を思い浮かべながら
春光のすべてを等しく愛で、
それから
これまで自分がくぐり抜けてきた
濁りに濁った歳月について
雑感をさらりと述べ、
行人の影も絶えた私の片隅に
遺髪をそっと埋める。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』236頁