丸山健二『千日の瑠璃 終結6』より五月八日「私は剃刀だ」を読む
山中の草庵にひとり暮らす老人。
剃刀の放つ輝きに、老人の心に甦る過去の記憶。
老人はかつて「どこまでも血なまぐさい雰囲気を有した 元陸軍一等兵」だった。
その記憶と自己嫌悪のせめぎ合いを記した文に、丸山先生にとって大きなテーマの一つ「帰還兵の悲惨」を思う。
げんに彼は
幽谷に咲く美花を求めて山路を辿る少年が目に入るや
銃床でもって撲殺した大陸の子どもの断末魔の姿を
生々しく思い出し、
少年の震える体の動きが
痙攣しながらたちまち虫の息となった
異国の子どもたちにそっくりで、
だからといって
慌てて眼を閉じても間に合わず、
正真正銘の悪行が鮮明に甦るばかりで
大分薄れていたはずの自己嫌悪が
津波のごとく押し寄せる。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』341ページ)