丸山健二『千日の瑠璃 終結6』より五月十一日「私は印鑑だ」を読む
最初の文の「鬼火」とか「夜と同じくらい青い少年」という言葉に心惹かれて読み始める。
いろんなものに無邪気に印鑑を押してまわる世一の姿、印鑑という代物に作者は何を被せたのか。どこか幻想めいていて、どこか皮肉めいていて色々考えさせられた。
冒頭部分。「鬼火」「夜と同じくらい青い少年」という言葉と「誰の物でもなさそうな 合成水晶の印鑑」のコントラストに詩情を感じる。
湖上に鬼火が燃える晩
その夜と同じくらい青い少年に拾われた
使い古されてはいても
結局は誰の物でもなさそうな
合成水晶の印鑑だ。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』350ページ)
作者が印鑑に被せたものは何なのだろうか。最後の行と呼応する箇所である。
少年はまず
自分の掌に強く押しつけ、
そこで私は
彼が他の誰でもないことをきっちりと証明して
完全に保証し
(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』350ページ)
ぺたぺた押してまわる世一の無邪気さ。
押される様々な物、人物も心に響く。
がらんとした通りを歩き
道筋に整然と立ち並ぶ電柱の一本一本に私を押し、
(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』352ページ)
自我を超えて離郷を実行する
前途有望な若者の心にもぺたんと押した。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』353ページ)
証明の拠り所とする印鑑を証明してくれるものはないという皮肉めいた最後。
そして
生きとし生けるものの営みのすべてに押しつづけたにもかかわらず
私を証明し
私を保証してくれる代物はどこにも落ちていなかった。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』353ページ)