丸山健二『千日の瑠璃 終決6』より五月二十三日「私は嘘だ」を読む
娼婦があちこちでつく嘘が、嘘であっても時雨の雨のように心をしっぽり濡らしてくれる不思議さを感じる。
私は嘘だ、
ひとしきりの時雨が降った夜
まほろ町ではただひとりの娼婦が臆面もなくつく
他愛もない嘘だ。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』398ページ)
娼婦の嘘が和ませるものときたら様々。
浅紅の花を咲かせなくなって久しいシクラメンには
次の冬の見事な開花を信じこませ、
かの少年世一には
いずれ鳥になる日が訪れるものと
心底思いこませる。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』400ページ)
最後、娼婦にむかって嘘は嘘をつく。
嘘というものを責めず、その優しさを語るゆとりある視点に救われる思いがする。
山々に響き渡る雷鳴と
雨雲のなかで激しく飛び交う稲妻に
取り返しのつかぬわが身を委ねて
のんびりと鼻歌を唄っており、
そんな女に私は
「あんたは美しいよ」と
そう二度つづけて言ってやる。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』401ページ)