丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より六月十三日「私は郵便ポストだ」を読む
母親の切ない気持ちが伝わってくる。
でも、もしかしたら手紙や郵便ポストとも縁がない世代の人たちには、この切ない身ぶりが伝わらないのだろうかと考えると、それもまた切ない。
私は郵便ポストだ、
久しく音信がない息子への
切々たる文面の手紙を呑みこんだばかりの
しかし
それでもまだ腹ペコの郵便ポストだ。
憐れなその母親は
投函の切ない音をはっきりと聞き取ったにもかかわらず
私の口に無理やり手を差し入れて
手紙がどこかに引っかかっていないかどうかを
念入りに調べ、
( 丸山健二『千日の瑠璃 終結7』82ページ)
郵便ポストに抱きついて、母親は「親なんてなるんじゃなかった」と言う。
世一も郵便ポストに抱きついて、以下のようなことを言う。
深い後悔の感じられる言葉である。
普段の声とは思えぬ
腹の底どころか
魂の底から搾り出したとしか思えぬ低音で
「人間なんかになるんじゃなかった」と
確かそんなことを言って立ち去った。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』85ページ)