丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より七月九日「私は泣き寝入りだ」を読む
土蔵に無断で暮らしていた若者。
ある日、突然、土蔵が取り壊されてしまい、若者は慌てて逃げ出し、別荘地を突っ切り、うたかた湖に飛び込む。
丸山作品で無人のボートは幾度も出てくるように思う。
大町にはありがちな風景なのかもしれない。
だが丸山作品では、田舎のありふれた風景が別の色合いを帯びてくるように思える。
この場合も若者を救ってくれながら、この世のしがらみがない存在として不思議なイメージを喚起する。
そして
おのれが泳ぎ疲れるのを待ち
湖底へ沈んで行く運命を待ち、
ところが
期待した事態は訪れず、
ほどなくして
彼の手は無人のままさまようボートに触れ、
それに這い上がった彼は
おのれの荒い息遣いや
土蔵が抹殺されてゆく轟音や
片丘から届くオオルリの声に聴き入った。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』189ページ)
