丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より八月六日「私は巨鯉だ」を読む
開発された山を襲った集中豪雨。
そのあと、うたかた湖の主である巨鯉が遠浅の浜でひっそり腹這いになっている。
世一だけが巨鯉に気がつく。
巨鯉の背を撫でる世一。
天候について気休めを言ってくれる「赤く滲んだ月」
その設定だけでこの世の隅に連れて行ってくれる不思議な力がある。
私の事を誰にも喋らないと
そう世一は約束して
背中を撫でてくれ、
赤く滲んだ月が
当分のあいだ災いをもたらす雨は降らないだろうと
そんな気休めを言ってくれた。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』300ページ)
そんな隅っこから眺めてみると、以下引用文の世一の言葉も、巨鯉の言葉もありえない筈なのに、不思議なリアリティを帯びてくる。
そんな状況にあって世一は
私に付き添いながら口笛を吹き鳴らし
あるいは
青々とした歌を唄う。
感激のあまり私は
うたかた湖の代弁者として命を落としても構わないと言い、
すると
見るからに利発そうとはゆかないまでも
生き抜くための優れた資質の持ち主たる病児は
死ぬことでどうにかなったためしはないと
そんな意味の言葉を呟いたが
果たして
本当にそうなのだろうか。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』301ページ)