Smith: The Theory of Moral Sentiments | Library of Economics and Liberty.
不運にみまわれた人々が、悲しみの原因について語り合うことのできる相手をみつけたら、どんなに楽になることだろう。相手の共感のおかげで、絶望は軽くなるようにみえる。悲しみを分かち合おうと不作法に言われるわけではない。相手は同じ類の悲しみを感じているだけでなく、悲しみを自分自身へひきよせたかのようであり、その思いのおかげで悲しみが軽くなるような気がする。しかし不運について語ることで、自分の悲しみを再び話すことになる。記憶のなかで、苦痛をもたらした状況について思い出をよびおこしていく。そのため以前よりも涙にかられ、悲しみという弱さに身をゆだねがちになる。しかし、これはまた喜びでもあり、あきらかに安堵できるものでもある。なぜなら相手の共感は、悲しみの苦さを補ってあまりうるものだからである。この共感をひきだそうとして、不運な人たちは悲しみを生き生きと蘇らせる。反対に不運な人たちを無情に侮辱しても、かえってその災難が大したことでないように見えてくる。仲間が喜んでいても何とも思わない様子は、思いやりに欠けている。しかし苦労話を聞いているときに真面目な顔をしないのは、人間性を欠いていることいちじるしい。(さりはま訳)