丸山健二『千日の瑠璃 終結8』より「私は雨食だ」を読む
「まほろ町の谷という谷をさらに深く掘り下げ のみならず 開発の待ちぼうけを食わせている住民の心まで抉る 容赦のない雨食」が語る。
「雨食」とは聞き慣れない言葉だが、雨による土地の侵食とのこと。
「雨食」に人の心の有り様を思う作者の言葉、「雨食」を心に抱える老若男女、具体的な一人一人の姿……が印象的。
長い分だけ浅い眠りから目覚めた人々は
夜風にかき乱された胸のうちを
いつも通りに修復するまで大分手間取り、
どうにかそれが済むと
今度は私によって穿たれた穴の大きさと深さに気づき、
(丸山健二『千日の瑠璃 終結8』18ページ)
床の間に生花を活けていた宿の女将は
私のせいで胸を抑えながら
「ああ」と小さく叫び、
春を知る年頃を迎えた
向こう意気の強い小娘は
私のせいで鼻歌を中断する。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結8』20ページ)
先日、オンラインサロンで丸山先生は
「歳をとるにつれて心の風穴が増えてくる。趣味、勉強、あるいは犯罪で風穴を一時的に忘れることは出来ても、消し去ることは出来ない」
そんな話をされていた。
雨食とは心の風穴そのものなのかもしれない。