「でも、御名前が出てゐませんから、別に分かるような気遣ひもありませんわ」
「分かるよ。院長さんと云へば、此邊には、外にも誰もゐないから、直ぐ分かるよ。彼んな身分のある方だから、何れほど御迷惑なさるか知れない」
「ですけど、嘘偽りを書いた譯でも御座いませんもの。」
「嘘も眞實もないわね。可けないことは可けません。加之、楼の花魁衆の名前まで、みんな出してさ、本の上にまで恥を晒して、好い面の皮だつてさ。早くみんなの前で、悪かつうたと謝りなさい」
「皆さんのお名前が出たつて、別に悪いこともないじやありませんか。却つて皆さんの爲めにも、お見世の爲めにも、廣告となって、可いかと思ひますわ」
「可かないよ。實際みんなが不平を言つてるじやないか。斯んなことがあつては、楼が治まらないよ。出来た本を、みんな焼いて了う譯にも行くまいが、消せるものなら、本屋さんに頼んで、差障りのある所は、みんな消して了うやうにお仕よ。私からも話しますがね、直ぐみんなに詫びなくちや可けないよ」