ふたりの求婚者と一緒であり、そのうちのひとりは少なくとも若々しくて魅力的に思え、それでいて機嫌をとろうとしていたのだから、エレーヌには、この世界に満足するだけの理由はあり、とりわけ自分自身に満足するだけの理由はあったのである。幸せは、しかしながらこの幸運な瞬間においても、彼女を支配してはいなかった。その顔の墓穴の静けさが、いつものごとく仮面となって、不安にとりつかれた心を覆い隠していた。善意にあふれた家庭教師がつづき、大勢の伯母たちが父方母方の両方の一族について道徳的な考察をしてきたせいもあり、彼女の心に刻まれているのは、富には大きな責任があるという理論上の事実だった。責任を意識しているせいで、彼女がいつも考えるようになったのは、「管理すること」から解放してくれる適性があるかということではなくて、近づいてくる人々の動機やら利益についてだった。世界には、自分なら買えるものが沢山あるということを知っているせいで、彼女が考えるようになったことは、買う価値のあるものがどれだけあるだろうかということだった。だんだんと、彼女は自分の心をある種の控訴院として見なすようになり、その控訴院が密かに開かれているあいだ、動機や行動について調べたり判断をくだしたりするのだが、とりわけ一般の人々の動機を対象とすることが多かった。学校の教室で学んでいた頃、彼女がまじめに批判していたのは、チャールズやクロムウェル、モンク、ワレンシュタインにサボナローラを導き、誤った方向に導いた動機についてであった。そして今、同じようにして夢中になって調べているのは、外務省で秘書官をしている青年の、政治面での誠意であった。弁舌たくみでありながら、忠実な心をもつ侍女の誠実さがあるか、調子よく甘やかす仲間は無私無欲かということだった。かつてよりも熱心に調べながら、彼女の目に急がなければいけないように思えたのは、自分に好意をいだき、関心をよせている二人の青年の人柄について、分析したり評価したりすることであった。こういう事情で、ずいぶん考えたり、混乱したりしているのであった。たとえばヨールは、もっと人間観察について経験をつんだ者ですら当惑させたことだろう。エレーヌは賢明であったから、相手が気取り屋だというところや自己宣伝をしているところを、ダンディズムと取り違えることはなかった。彼は、鏡にうつる自分の身なりの効果をみては、心地よいものに感じる本物の喜びの感覚から、素晴らしいと思ったが、それは優雅で、手入れの行き届いた、似合いの二頭の馬を見たときにいだく感傷のようなものであった。政治面での生意気な言動や皮肉癖のむこうに、うかつにも本心があらわれてしまい、結局、ほどほどに成功することもなく、見事なまでの失敗におわるのだった。こうしたことを乗り越え、コートニー・ヨールを正しく理解するのは難しいことだが、エレーヌは自分がうけた印象をはっきりと整理分類するのが好きだったため、彼の性格や発言の見かけを細かく調べるのだった。それは美術評論家が疑わしい絵をあたえられ、当惑しながらも、修繕や傷の下にはっきりとした署名をもとめる姿にも似ていた。この若者が彼女に不安をあたえたのは、たいていの者なら好ましい印象をあたえようとするときでも、好感をあたえるような光にあてて自分をみせようとしないという意外な方針にあった。彼は自分の良いところを探してもらうことを好みはしたが、心がけたことと言えば、自分本位なことがらでも、できるだけ空くじをひいた思いをさせないようにするということくらいだった。そうすることが彼の存在の頼みの綱であったので、どうにかして注目されようとしてきたのだが、今回はまったく自己本位な行動をとらないので注目されたというわけだ。支配者として人気があるのはもっともなことだが、夫としてはおそらく我慢ならない男だろう。
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