サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅸ章 98回

エレーヌは、この遠回しな言い方に注意をはらわなかった。控訴院が急いで開かれ新しい証拠について検討していたが、今回の控訴院の動きには、突然、意を決したような速さがあった。

会話はしばらくの間、不吉な話題からそれていたのだが、やがてコーマスがわざわざ危険地帯に戻した。

「数日のあいだ、好意に甘えることができれば、僕はとても助かるけど、エレーヌ」彼はためらわずにいった。「もし甘えさせてもらえなければ、どうしていいのかわからない」

「もしトランプの借金のことが気になるのなら、今日の午後にでも、使いの少年に二ポンドを持って来させましょう。彼女の口調は静かながら、強い決意をひめていた。「でも、今夜、コーナー家の舞踏会には行かないわ」彼女は続けた。「踊るには暑すぎるもの。もう家に戻るわ。わざわざ送ってくださらなくて結構、ひとりになりたい気分だから」彼女が優しい人物だとしても、耐えきれないようなことをしてしまったのだと、コーマスは気がついた。賢明にも、彼女の優しさに無理やり自分を合わせようとはしなかった。彼女の憤りがおさまるまで彼は待とうとした。

すぐそばには無敵の軍がひかえているのを忘れていなかったなら、彼の戦術はうまくいったことだろう。

エレーヌ・ド・フレイは、自分がコーマスに求めるものをはっきりと理解していた。そして自らを欺こうとする努力にさからって、彼にはこうしたものが欠けていることを理解したのだった。好きなこの青年に合うように、道徳の規準を下げることもしてきたが、彼女にはどうしても許すことのできない線があった。彼女の誇りは傷つけられ、そのうえ警戒心が呼びおこされてしまった。

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