アーサー・モリスン「ロンドン・タウンへ」1章12回

安い葉巻の匂いがたちこめているせいで、その部屋は、いつもほどの匂いはしなかったが、それでも完全に消えてはいなかった。その匂いは、いくぶんはショウノウのせいでもあったが、芋虫のせいによるところの方が大きかった。四方の壁は、形も、大きさも様々な箱や箪笥のむこうに隠されてしまっていたからだ。窓のまえにも、床のうえの思いもよらない場所にも、また別の箱がおかれ、モスリンの布がかけられていたが、それは飼育箱で、なかには幼虫やサナギ、不運な蝶がいた。こうした箱があまりにもたくさん置かれているため、その部屋そのものは、大きなひとつの箱にすぎなかったのだが、三人がいるには十分とはいえない状態で、それでも、そのなかには、小さな円卓がひとつ置かれていた。そういう有様だったから、ベッシーの母親は、まだ戸口に立ったままだった。アイザックおじさんは、立ち上がると、床から山高帽をひろいあげ、頭にのせたが、それは他に安全な場所がないためだった。小さな円卓は、ティーカップやソーサーの荷に耐えていた。アイザックおじさんは小柄な男だったが、顔はおおきく、灰色のほお髭におおわれていた。その顔を特徴づけているのは、大きく見開かれていながら、生気にかけた目であり、それから上唇の上の、口髭をそった跡のひろがりであった。

「こんばんは、ミスター・メイ、こんばんは」アイザックおじさんはいうと握手してきたが、その様子は、この世を無視して生きる友達への忠誠心をしめそうとしているかのようであった。「こちらは、私の友人のボストン氏だ」

 

There was a smell of bad cigar, which had almost, but not quite, banished the wonted smell of the room; a smell in some degree due to camphor, though, perhaps, more to caterpillar; for the walls were hidden behind boxes and drawers of divers shapes and sizes, and before the window and in unexpected places on the floor stood other boxes, covered with muslin, nurseries for larvae, pupae, and doomed butterflies. And so many were these things that the room, itself a mere box, gave scant space to the three people and the little round table that were in it; wherefore Bessy’s mother remained in the doorway, and Uncle Isaac, when he rose, took a very tall hat from the floor and clapped it on his head for lack of other safe place; for the little table sustained a load of cups and saucers. Uncle Isaac was a small man, though with a large face; a face fringed about with grey wisps of whisker, and characterised by wide and glassy eyes and a great tract of shaven upper lip.

“Good evenin’, Mr. May, good evenin’!” said Uncle Isaac, shaking hands with the air of a man faithful to a friend in defiance of the world. “This is my friend Mr. Butson.”

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