アーサー・モリスン「ロンドン・タウンへ」26章223回

 彼女の前には、なにひとつ困難はなかった。彼はかたわらに腰をおろすと、彼女の手をとった。「今は、なにも悔やんでなんかいないわ、ジョニー」

 涙がみるみる彼女の目にうかんできたのは何故だろうか。正直なところ、まわり道をしながら、ふたりはここまで辿り着いた。でも、この感情はたしかに喜びなのだ。彼は身をかがめると、彼女に口づけをした。思慮深い、古きトリニニティの明かりがゆっくりと瞬き、また瞬いた。

 こうしてふたりは腰かけて話をして、ときには囁いたりもした。誓いをたてたり、約束をかわしたり、意味もなくうかれたりした。こんな素晴らしい調べよりも大切なものがあるだろうか。百万光年離れたところにある永遠の星がだんだん近づいてきて、すべての星が近いものとなり、ふたりのまわりにある日常的な風景よりも近く思えた。この風景は自分のためにある。今、彼女はそのことに気がつき、その風景を目にしていた。そこには、新しい天国がみえ、新しい世界がひらけていた。

 

 「おれは香港から戻ったばかりの、飛び魚のように海をかける船乗りさ。

  それいけ。あの男を倒してしまえ。

  やれやれ、あの男を倒す時間を少しくれ」

 

 「おまえはニューヨークから戻ったばかりの、きたならしい恐喝屋さ。

  それいけ。あの男を倒してしまえ。

  やれやれ、あの男を倒す時間を少しくれ」

 

 時は過ぎていったが、ふたりの時はとまったままだった。タグボートの機関士が新鮮な空気をもとめて顔をつきだすと、年季奉公の小僧とその恋人が双係柱に腰かけている風景を見るだけであった。だが、ふたりの心は、もう一人前の青年と女で、ふたりは世間もはばからずに王位に腰かけ、歓喜の表情をうかべていた。

 

What was before her mattered nothing; he sat by her—held her hand…”Not sorry now—Johnny!”

Why came tears so readily to her eyes? Truly they had long worn their path. But this—this was joy…He bent his head, and kissed her. The wise old Trinity light winked very slowly, and winked again.

So they sat and talked; sometimes whispered. Vows, promises, nonsense all—what mattered the words to so wonderful a tune? And the eternal stars, a million ages away, were nearer, all nearer, than the world of common life about them. What was for her she knew now and saw—she also: a new heaven and a new earth.

Over the water from the ship came, swinging and slow, a stave of the chanty:—

 

“I’m a flying-fish sailor straight home from Hong-Kong— Aye! Aye! Blow the man down! Blow the man down, bully, blow the man down— O give us some time to blow the man down!

 

Ye’re a dirty Black-Baller just in from New York— Aye! Aye! Blow the man down! Blow the man down, bully, blow the man down— O give us some time to blow the man down!”

 

Time went, but time was not for them. Where the tug-engineer, thrusting up his head for a little fresh air, saw but a prentice-lad and his sweetheart on a bollard, there sat Man and Woman, enthroned and exultant in face of the worlds.

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