『窓』
著者:山本禾太郎
初出:1926年(昭和元年)新青年
論創社
最初の四ページはよかった。別荘の離れへ出入りする人影の書き方に緊迫感あり、雰囲気ありで、なんとも読ませるものがある。
でも死体が発見され、各人への調書で構成されるつくりが私には面白くない。調書なんか読んでも面白くない。
解説には、多岐川恭氏の言葉として「調書や鑑定書のようなものばかりを並べて、小説を構成する手法は、よく見られるが、うまくゆけば迫真力を発揮するし、失敗すれば箸にも棒にもかからない、無味乾燥なしろものになるが、『窓』は疑いもなく成功作であり、採用した形式ゆえにことさらに人物描写に力を入れているのではなく、小説的なアクセントはおさえられているのだが、読者はこの堅苦しく平板なナレーションをたどっているうちに、登場人物が実に生き生きと動き出すのに気付くだろう」とあるが。
私の読みでは、登場人物は生き生きと動きださなかった…読みのどこが悪いのだろうか、分からないまま本を閉じた。
『閉鎖を命ぜられた妖怪館』
著者:山本禾太郎
初出:1927年(昭和二年)新青年
この短篇の鍵になるのは、呪いの五寸釘が五本打ちこまれた写真。
その裏にある文字は「うらめしや、うらめしや、このうらみはらさでおくかべきか、おのれ、おのれ、いまにみよ、きっとおもいしらすぞよ。うらめしや、くちおしや」
さらに最後「去年はたしか『お岩』は『蝶吉』が演ったはずであったよ」とさりげなく不気味に終わっている。
もう、この不気味な小道具だけで満足できる作品である。
読了日:2017年8月25日