2017.9 隙間読書 井上ひさし「京伝店の烟草入れ」

「京伝店の烟草入れ」

作者:井上ひさし

初出:2009年 講談社文芸文庫

電子書籍

最近見かける「翻訳してほしい本」というツィッタータグに、まず思ったのは「江戸時代、あるいは更に古い日本の怪奇幻想作品で、今では忘れられている作品を翻訳してもらいたい。外国語なら辞書があれば何とか読めるけど、日本の昔の作品は字からして読めない」ということ。

でも「こういうのを翻訳って言ったら反感をもつひともいるだろうな。 今、英国怪奇幻想小説翻訳会をひらいている身であるし…戯作物を読みこなせる国語力があれば…」と思っているところ、この作品を見かけて読んでみた。

この作品は、松平定信によって手鎖にかけられたあと戯作物をやめ烟草屋になった京伝を書いた『京伝店の烟草入れ』にはじまり、戯作者銘々伝がつづいて、半返舎一朱(はんぺんしゃいっしゅ)、三文舎自楽(さんもんしゃじらく)、平秩東作(へづつとうさく)、松亭金水(しょうていきんすい)、式亭三馬、唐来参和(とうらいさんな)、恋川春町、最後は山東京伝の死後でしめくくられている。戯作者が生き生きと語られ、その人となりや人間関係がありありと浮かんでくる。


作者のまわりにいる人々も魅力的である。花火職人の若者、幸吉はこう語られている。いいなあ。会って話してみたくなるような若者だ。

江戸の夏の一日、夜空に、せいぜい六呼吸か七呼吸で消えてしまうような、あっけのない光の花を咲かせることにあとの三百六十四日を捧げ尽くしている若者、その奇抜な光の花に江戸の人たちが手を打ってくればそれで満足で、あとは襤褸(ぼろ)を引き摺り、雪花菜(おから)を無上の馳走と心得ている若者


この花火職人の若者の口をとおして、井上は江戸の花火について、具体的に目の前にうかぶように、でも美しく語る。花火なんて写真に撮るのも無理、言葉にするのも無理とあきらめていた私には驚きであった。花火も言葉の巧みが語れば、風景として浮かんでくるのだなあ。

打ち上げ筒を飛び出した玉は玉経五寸ほどの連れ玉をひっぱって三呼吸ぐらいの間、まっしぐらに天に向かって駆けのぼって行きます…

四呼吸目あたりから、連れ玉が割れて破裂し、連れ玉の中から五百の小割が飛び出します。小割というのはサイコロくらいの火薬の塊りですがね、これには樟脳がたっぷりと混ぜてありますから、白く光るはずです。つまり雪が降っているように見えるんです…

雪の消えた頃、三尺玉が破裂します。これはお月様に見えるはずですが、破裂と同時に三尺玉の中から四方八方に飛び散っていた小玉が、親玉より一呼吸おくれていっときに破裂します。そのときの小玉は牡丹の花が一斉に咲き誇ったように見える筈ですよ…

田舎の花火とちがうんだ、両国の花火だ、江戸の花火です。牡丹がぱっと咲いて終るだけじゃあ、何の曲もないじゃありませんか。でね、牡丹の中に火薬を塗った紙切れをかくしておきます。こいつがひらひらと舞い降りながら、いつまでも燃えているんですねえ。これは蝶ですよ

この花火職人の言葉に、京伝はこう答える。花火職人の細やかな説明に、京伝のロマンチックな言葉で井上の花火描写は締めくくられる。

雪の次が月で、その次が牡丹。そしておしまいが蝶ですか…つまり幸吉さんは、今日の夏の夜空に、どうやら火薬でもって春夏秋冬の四季を描き出すつもりらしい


もう疲れたから書かないけど、花火職人のほかにも、貸本屋のなかに一冊本をしのびこませ戯作者への道を夢見る人々など、江戸の人々の息づかいが伝わる作品である。

でも、やはり自分で黄表紙の本をながめ、江戸の息づかいにふれるのが一番だとは思うけど。読めるようになりたいな、昔の字。

黄表紙データベースなんてものがあればいいのに。原典、現代語訳が見れるような…。と思いつつ頁を閉じる。

読了日:2017年9月17日

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