『片腕』
作者:川端康成
初出:「新潮」1963年8月号〜64年1月号に掲載
汐文社文豪ノ怪談ジュニア・セレクション
「片腕を一晩お貸ししてもいいわ」と娘は言った。そして右腕を肩からはずすと、それを左手に持って私の膝においた。
なんとも不思議な書き出しで始まる作品である。ある娘から一晩だけ右腕を貸してもらうことになった「私」が体験する不思議を散りばめた作品。
そもそも「私」と娘の関係とは?
「あ、指輪をはめておきますわ。あたしの腕ですというしるしにね」と娘は笑顔で左手を私の胸の前にあげた。「おねがい…。」
左片腕になった娘は指輪を抜きとることがむずかしい。
「婚約指輪じゃないの?」と私は言った。
「そうじゃないの。母の形見なの。」
このくだりに東氏は、「私」と「娘」との関係は初対面か、それに近い間柄かと想像されると指摘されている。
でも私が思うに、「私」はこの「娘」を遠くから憧れをもって見つめていた関係なのではないだろうか?声をかけることもなく見つめていたが、ある日、娘が婚約指輪と思われる指輪をしていることに気がつき、自分が失恋したことを悟る。その絶望と娘への思慕から生まれた夢なのではないだろうか?「母の形見なの」は、娘の婚約を否定したい「私」の思いが言わせた言葉なのでは…?人それぞれの解釈で楽しめるのが怪談読書の楽しさである。
さらになぜ右腕なのだろうか?左利きの人もいるけれど、「私」は娘の動作をずっと見つめていたのでは?「娘」といることは叶わないけれど、せめてその憧れの動作をつくりだす右腕を借りたいのでは…と思うと、次の娘の言葉は作者の思いから出た言葉のように思えて切ない。
「行っておいで。」と娘は心を移すように、私が持った右腕に左手の指を触れた。「一晩だけれど、この方のものになるのよ」
最初の3頁だけでも、『片腕』はいろいろな読みの可能性を示唆するものがある。それぞれの『片腕』の解釈を知りたいような気も。
でも英国怪奇幻想小説翻訳会で、こういう英語作品が課題となり翻訳することになったら…と考えるとシンドくはあるけれど。
読了日:2017年10月13日