2017.10 隙間読書 香山滋『月ぞ悪魔』

『月ぞ悪魔』

作者:香山滋

初出:1949年「別冊宝石1号」

汐文社文豪ノ怪談ジュニア・セレクション

月二つ空にかかれり今宵われ酔い痴れしとは思われなくに

これはゴジラの作者、香山滋が残した短歌の代表作だそうである。『月ぞ悪魔』の冒頭にも、この句がでてくる。

東氏の註にある作者談話によれば「私自身、ある事情で、現実と幻の世界の境目をうろついた時がありまして、そのときに書いた作品です。おそらく、私の幻想の極限です」


主人公「朝倉泰三」は国際秘密見世物協会を運営する男。その協会がお披露目する秘密の数々、尾のついた蛮族、燻製ミイラの試食会、沈没したばかりの船内部の映画上映会…どうすれば、こんなに怪しいものを思いつくのか?さすがゴジラの原作者である。


月がふたつ空にかかる夜、朝倉氏のもとに見知らぬ老婆が訪れる。

とても高齢だとみえ顔はほとんど骸骨に皮膚を貼りつけただけのことで、その色は譬えて言ったらば壁に塗りこめて貯蔵するという支邦のあひるの卵の黄味の色とでも言えましょうか、鼻稜は欠けて穴だけで、唇は肉がそげて歯茎が露出しています。

老婆の不気味さを語るためにここまで言葉を連ねるか…という丁寧な描写が好きである。でもピータンの黄味の色の肌なんて表現には、初めてお目にかかった気がする。

この老婆は医者、名前はMunc。東氏の註によれば、『叫び』の画家ムンクからの連想ではないだろうかとの註に、…怪奇幻想小説は、こんなふうに連想しながら読んでいくものなのだと教わる。でも連想するだけのもとがなかったりするから困るのだが。


朝倉氏は、老婆が連れてきた娘に恋をする。ためらう娘にねばり、思いをとげるが…。その娘の腹部には、老婆の手で許嫁の脳と目、鼻、口がはめこまれていた。朝倉氏のせいで許嫁の男は圧死してしまう。

自分の体のなかの許嫁の体が死んでいくのを知った娘は自分の死を悟り、朝倉氏に遺書を残してツェッペリン飛行船から地上へと飛び降りて自殺してしまう。


くどいくらいに丁寧な描写、詳細な註があるからこそ理解できる知識の数々…そうしたものが不思議な世界を織り上げていて心地よい。

個人的には、老婆によって許嫁の女の腹に頭だけ埋め込まれ、女が恋した男に押しつぶされて死んでしまう男に同情してしまった。その男のたった一行だけの、「…まったく生きかえるようだ、もっと近く寄せてもいい」という言葉がなんとも哀れな気がした。

窓の外をみたら、月がふたつに見えるのでは…とふと怖くなりつつも本をとじる。

読了日:2017年10月17日

さりはま の紹介

更新情報はツィッター sarihama_xx で。
カテゴリー: 2017年, 読書日記 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Time limit is exhausted. Please reload the CAPTCHA.