『神楽坂』
作者:矢田津世子
初出:昭和11年(1936年)人民文庫3月号
坂口安吾の恋人であった矢田津世子 29歳のときの作品。当時、矢田は安吾よりも名前の知られた流行作家であり、この作品も第三回芥川賞の候補作である。
小金貸しの老人「猪之」をめぐって欲得でゆれる人間模様が鋭く描かれている。でも、どの登場人物も好きになれない。
猪之も若い妾のもとに通いながらも、病床の妻のことをこう愛おしむ。
石女なのが珠に瑕だが、稼ぎっぷりといい、暮しの仕末ぶりといい、こんな女房は滅多にいるものじゃあない。諺にも、「賢妻は家の鍵なり」というが、どうして、うちの内儀さんときては大切な金庫のかけがえのない錠前だわい、と猪之さんには内儀さんを誇りにする気もちがある
猪之の若い妾「お初」は猪之にたかることばかり考え、お初の母も猪之の病弱の妻が亡くなる日を密かに待ち望む。
猪之の女中「お種」は妻に可愛がられ、もしかしたら養女にしてもらえるかも…という打算が働き、せっせと猪之の家の蓄財に励む。
やがて妻が亡くなり、猪之の心は浪費家の妾から離れていく。
29歳の女性作家が小金貸しの老人を主人公に、金がらみの人間関係を描くなんて…昭和11年とはどういう時代だったのだろう?
かくも嫌な人物像を描くとは、矢田は冷静な観察眼の持ち主だったのだろう。安吾とは対照的な人物だから、安吾と矢田は惹かれ、離れていったのではないだろうか?
でも、こういう登場人物ばかりだと好きになれないなあ、この小説。どう楽しめばいいのかわからない…というのが正直なところである。
読了日:2019年11月21日