訳者:高津春繁
「世界幻想文学大全 怪奇小説精華」収録 東雅夫編 筑摩書房
〇〇ースという聞きなれない名前があふれる世界にやや混乱、途中で最初から読み返してしまったが、それでもすごく面白い。テュキアデースという男が病のエウクラテースを見舞い、そこでさんざんほら話を聞かされる。そのほら話をピロクルースに語って聞かせるという形。
シリアの人ルキアノス(120~180頃)がこの作品を書いたのは二千年近く前。それなのに怪奇幻想を産み出す心は今と同じということに感動。ルキアノスが産み出した怪奇幻想の世界にも感動。
たとえば台から降りて邸を歩き回る銅像も、目にうかぶように細かく描写されていて、読むのが楽しい。
彼(銅像)は自分の立っている台から降りて邸の内をぐるぐると歩き廻るのだ。われわれはみんな彼に、時には歌っていない彼に、出逢う。だが誰にも害は加えない。ただ側によるだけでよいのだ。すると彼は見ている者にちょっとも邪魔しないで通って行く。それから本当だよ、彼はしばしば入浴して一晩中遊んでいる。だから水音が聞こえる
大地の割れ目から見える地獄の風景も、まるで目にうかんでくるように語られている。
ヘカテ―は蛇形の足で大地を蹴って、タルタロスに達するほど深い素晴らしく大きな割目をつくった。それから間もなくその中に飛び込んで立ち去った。わしは勇を鼓して、目まいがしてまっ逆さまに落ち込まぬように、近くにはえている木につかまって、のぞきこんだ。そこでわしは地獄の中のあらゆるものを見た。火焔の川、湖、ケルベロス、死人たち、その中の二、三人が誰だか分かったほどだ。例えばだ、わしの父がわれわれの着せて葬ったのと同じ着物を身に纏っているのをはっきりと見たよ。
すりこぎに呪文をかけて召使をつくりだしたのはいいが、水汲みをやめる呪文が効かず、いつまでも水汲みを続ける場面にも笑ってしまう。
聖者が閂やすりこ木に着物を着せかけ、呪文をとなえると人間になって仕えてくれる召使になる。聖者がその呪文を教えてくれようとはしないので、エウクラテースは呪文を盗み聞きして、すりこぎを召使にかえてしまう。ただ、その召使は水がいっぱいになっても、水くみをやめようとはしない。閉口したエウクラテースが、斧で真っ二つにすると、今度は召使が二人あらわれ、せっせと水汲みをまた始めた。
二千年前の人々も、夜のむこうに私たちと同じ気配を見て怖れたり、笑ったりしたのだなと、今とまったく変わらない心があることに驚いた。
高津訳はだいぶ言葉を補いながらの訳である。もしかしたらそのせいで原文と意味が離れてしまい、読みにくいところがあるのかも…という気がした。ちなみに題も英語での題はThe liar である。嘘好きの方が話の内容にあっているが…。ルキアノスはじっくり英訳を読んでみたい作家である。
読了日:2018年2月16日