チェスタトン「マンアライヴ」二部三章第306回

「いや、そんなことを言っているんじゃない」彼は大声で言いました。「ぼくが言いたいのは現実にある家なんだ、生きている家なんだ。

それは本当に生きている家なんだ。ぼくから走って逃げたくらいなんだから。」

恥ずかしいことながら正直に申し上げると、彼の言葉のどこかに、彼の身振りのどこかかに、心の底から感動してしまいました。私たちロシア人は民間伝承に親しんで育っているものですから、その悪しき影響が、子供たちの人形にも、イコンにも、鮮やかな色となっているのが見てとれるでしょう。しばし、男から走り去る家という考えに私は喜んでしまいました。啓蒙活動なんて、こんなふうにゆっくり浸透していくものなんです。

「ご自分の家は他にないのですか?」私は訊ねました。

「家から離れてきたのです」彼はとても悲しそうに言いました。「退屈してしまうような家ではないのに、その中にいると退屈してしまうんだ。妻は他のどんな女性より優れているのに、ぼくにはそれが伝わってこないんだ」

「それで」私は共感をこめて言いました。「正面玄関から出ると、そのまま歩いてきたのですね。勇ましいノラのように」

「ノラ?」彼は礼儀正しく訊ねましたが、ロシアの言葉だと思っていることは明らかでした。

“`Oh! I don’t mean that,’ he cried; `I mean a real house—a live house.
It really is a live house, for it runs away from me.’

“`I am ashamed to say that something in his phrase or gesture moved me profoundly. We Russians are brought up in an atmosphere of folk-lore, and its unfortunate effects can still be seen in the bright colours of the children’s dolls and of the ikons. For an instant the idea of a house running away from a man gave me pleasure, for the enlightenment of man moves slowly.

“`Have you no other house of your own?’ I asked.

“`I have left it,’ he said very sadly. `It was not the house that grew dull, but I that grew dull in it. My wife was better than all women, and yet I could not feel it.’

“`And so,’ I said with sympathy, `you walked straight out of the front door, like a masculine Nora.’

“`Nora?’ he inquired politely, apparently supposing it to be a Russian word.

 

 

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