2018.10 隙間読書 M.R.James “CANON ALBERIC’S SCRAP BOOK” & M・R・ジェイムズ「アルベリックの貼雑帳」紀田順一郎訳

原文はグーテンベルクより

M・R・ジェイムズ怪談全集1(創元推理文庫)紀田順一郎訳


英国の怪談の時期は冬なのだと言う。炉辺にあつまり、みんなで怪談を楽しむものらしい。そんな風景を思い浮かべながら「アルベリックの貼雑帳」を読む。

舞台となるのはスペイン国境近い南仏ピレネー山脈中のさびれた村、サン・ベルトラン・ド・コマンジュ。英国の寒い、寒い冬の炉辺で語られる南仏のロマネスク教会や松の風景に、聞く者はわくわくしたことだろう。


作者M・R・ジェイムズは大学の先生で、後年、ケンブリッジ大学の副総長になった。ケンブリッジには教師や学生たちの茶話会が頻繁に催されていて、この作品もそうした席で朗読されたものとのこと。紀田順一郎氏の解説には、そうした説明が詳しく記されていて有り難い。

初めて本作品が朗読されたのは1893年10月28日、ジェイムズが43歳のとき。

大学の同僚たちを相手に、南仏ロマネスク教会が舞台の、古書にまつわる怪談を披露したとのこと。古書愛も、南仏の古い教会への憧れも共有できる親しい仲間を時にぞっとさせながらも、和やかなひと時を過ごしたのでは…と思うと、ジェイムズ先生やその仲間の先生たちの笑い声、息をのむ声が聞こえてくるよう。


紀田氏の解釈の仕方も、キリスト教の用語も勉強になることが多く有難い。

ただ翻訳とは、とりわけ文学の翻訳は、複数の訳者が訳すうちにだんだん作者の世界に近づいてくるもの。とりわけ幻想文学の翻訳は解釈の余地がいろいろあるだけに五通りくらいの訳のパターンがあればいいのだが、そんなに読者がいるわけもなく…。

紀田氏の訳が…ということではなく、M・R・ジェイムズが言いたかったこととは…と考えたときにひっかかったことを以下にメモ。


疑問1 この”he”とは何か? ここで”he”と言っている狂気も怖いのでは?

何か所か寺男が主人公デニスタウンに語りかけているときに、”he”と言っている箇所がある。紀田氏は主語を省略して訳されている。

この”he”とは何なのか? フランスの田舎の寺男が英語を知らずに使ったのかとも思ったのだが…。そうではなく寺男が怯えている存在なのでは? そうであれば、もう少し仄めかして訳した方が怖い気がする。

Then, monsieur will summon me if—if he finds occasion; he will keep the middle of the road, the sides are so rough.

「それなら旦那、いつでも呼んでくださいましーもし必要ならば、の。道は真中を歩くとよい。両端は凸凹しとるでな」29頁


疑問2 分かりやすく「死体」と統一して訳しているが、原文ではあえて「死体」という単語を使わず、”the being” とか “the fiigure” と仄めかしているから怖いのでは? 分かりやすさと怖さは両立しないのかも…と思った。

*All this terror was plainly excited by the being that crouched in their midst.

「かくも恐怖心をいだかせたものが何かといえば、いうまでもなく地面に横たわる死体であった」27頁

*However,  the main traits of the figure I can at least indicate,

「もっとも、その死体の特徴を列記することは雑作ない」28頁


その他の疑問3 たぶん分かりやすさ、語の響きでこう訳されたのかと思うが、少しジェイムズ先生の意図とは違うのかも…と気になったところをメモ。

*”some words to the effect that ‘Pierre and Bertrand would be sleeping in the house’ had closed the conversation.

「その中から、『ピエールとベルトランはもう眠っているだろうに』という意味の、しめくくりのことばだけが印象にのこった」30頁

*What did he do? What could he do?

彼はどうすべきであったろうか? 何ができたろうか?

*Deux fois je l’ai vu: mille fois j`ai senti.

「わしは二回見とる。千回見たというほうがあたっているかも知れんがね。」34頁

*I had no motion they came so dear.

たいした物いりでもないしと思うしね」36頁


南仏ロマネスク教会怪談、古書怪談…ジェイムズ先生の語りも、紀田先生の語りもそれぞれの視点での語りがあるようで面白かった。

2018/10/25読了

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