Tim Harford — Undercover Economist.
フィナンシャルタイムズ
2300万ドルの値段がつけられた本は、インターネットに導かれて価格透明性の時代が到来するという夢を遠ざける
昨年の春、若い生物学者が買おうとしたのは、一冊のありふれた本であるが、もう絶版になっている参考図書のピーター・ローレンスの「ハエの形成」を注文した。アマゾンは中古品15冊を納得できる価格で提示してきたが、同時に新品2冊も提示してきた。新品のうち安いほうの一冊は、価格が1730045.91ドルで、送料3.99ドルが加算される。
カリフォルニア大学バークレー校で進化論を研究している生物学者マイケル・イーセンはこの話を聞いて、何が進行中なのか想像してみた。悪ふざけのはずはなかった。販売業者が二人かかわっていたが、ともに顧客は十分いる業者だった。イーセンは、アマゾンでは価格の大半がコンピュータでつけられてしまうと聞き、ここに理由があるかもしれないと考えた。
明くる日、価格はどちらの業者も、およそ28000000ドルに上昇していた。その日が終わる頃、高い値の本には3536675.57ドルの価格がついた。イーセンは何が起きているのか把握しはじめた。片方の業者プロフナスは一日に一度、可能な最高値を少し下げた価格で値段を設定した。もう一つの業者ボーディブックは数時間後にこれに気がついて、プロフナスより1.270589倍高い価格に設定し直した。ボーディブックが価格を上げ続ける一方で、プロフナスが価格上昇をひきとめ、常に価格を安くする働きをした。ようやく、価格の螺旋がとまった。おそらく人の手がはいったのだろう。しかし、ボーディブックが「ハエの形成」を23698655.93ドルに送料3.99ドルで、売りに出してからのことだった。
おそらくプロフナスはその本を一冊持っていて、できるだけ高い値段で売ろうとしていた。一方で、誰よりも安く売ろうとした。ボーディブックの方は更に訳がわからない。しかし、イーゼンは鋭い発想の持ち主である。イーゼンが考えるに、ボーディブックはその本を一冊も持っていなかった。本の代わりにボーディブックが引き寄せようとしたのは、評判のよい売り手との取引なら支払いを少しも気にしない購入者の関心だった。(ボーディブックには、記録上、満足している顧客が10万人以上いた)
唯一の問題は、もし本を注文する人物がいた場合だが、ボーディブックは本を手に入れなければならなかった。主な市場価格には、利ざやが加えられているからである。
もちろん23698655.93ドルに送料を加えた価格は、一冊の本に払う価格としてはずいぶんであり、インターネットに導かれて完璧な価格透明性の時代になるという夢から遠くかけ離れたものだろう。しかし価格透明性が完璧であれば、消費者は一番安い品物を発見するだろうし、価格は必然的に品物をつくる費用にまで下がるだろう。(ドットコム企業がバブルをむかえていた時代に価格透明性の正しさを理解した者でも、インターネット企業の飛び抜けた収益性と、その時代の価値判断とが一致しないという事実を理解してはいなかった。)
実際、なぜ価格透明性がより安い価格につながるのかという理由は明白さから遠いものである。この問題は、19世紀のフランスの数学者J.L.Fバートランドによって研究された。バートランドの研究によれば、同じ品物を透明価格で売る業者が二人いれば、消費者は皆、安いほうの品物へと群れていく。どちらの業者も1ペニー安く売ることで市場全体を掌握することができる。その結果、価格が生産コストにまで落ち込んだときに初めて、安売りは止まるだろう。
他の経済学のモデルのように、バートランドのモデルも単純化しすぎである。しかし、小さな変化がバートランドの予言があたっていることを告げている。すなわち、単純にいつまでもその過程を繰り返すのである。他の競合業者は、価格をあげる手段を見つけたら、おそらく巨大な利益をあげることだろう。23億ドルとまで価格をあげなくても、専売業者のようなレベルにあげることで利益をだすだろう。そうなると価格透明性は、消費者の最高の友に見えていたはずなのに、消費者の最悪の敵へと変わるのだ。
これこそが、競合業者2社が暗黙の了解のうちに独占的な価格を請求している理由なのである。どちらの業者にも価格を削減する動機になるものはない。なにひとつない。価格を安くすれば、競合業者が即座に気づき値段を合わせてくるだろう。断固とした値下げとはかけ離れたものであり、透明性のおかげで価格が高いままの状態で保証されるのである。
値段を下げる唯一の要素は、新規参入者である。しかし多くの産業では、既存の市場に割り込むことは容易ではない。透明性は価格を下げるために、すぐれたものになりうる。だが、当たり前だとすることは賢明ではない。(さりはま訳・りばぁチェック)