
黒史郎のクトゥルフの知識、ラブクラフトへの敬意と愛情がめいっぱい注ぎ込まれた作品。
まずこのカバーデザインからして創元推理文庫ラブクラフト全集をふまえたライトノベル風のもの。でも黒史郎氏のクトゥルフの知識がつまった本書は、クトゥルフに詳しくない者が読んでも楽しい。
黒史郎氏は「名前にはこだわる」と早稲田エクステンション講座で話されていたが、本書に出てくる名前も「バイアクヘー」「ユッグゴッツ」「エイリア・ツアン」「唯一真」「時を穿つもの」と、名前を唱えるだけで不思議な世界に旅立つ気分になる。
主人公カンナ・セリオはラブクラフトの生まれ育った地アーカムで、母のパブで働いている。「時を穿つもの」と間違われ、異世界「スウシャイ」に飛ばされたところ、ラヴクラフトという黒髪の美少女に出会う。実はこの美少女ラヴクラフトは……と最後で分かる物語展開も面白い。またアーカムの描写も、黒史郎氏ならではの知識、観察があって興味深い。
ラヴクラフトへの敬意がこめられた作品ながら、あまりラヴクラフトを知らない者でも楽しく読めるのは、登場人物あるいは登場怪獣に何とも言えない人間性があるからだろうか? たとえば石化した観客のために毎晩演奏している音楽家エオリアや人面鼠ジェンキンのように……。
原作をよく覚えていない者でも楽しく読ませるのはラヴクラフトの魅力なのか、黒史郎氏の魅力なのか……と思いつつ頁をとじる。
(2019.06.16読了)