さりはま書房日誌2023年7月3日旧暦5月16日

水田を知らない若者たち


昨日は半夏生だった。
旧暦の時代、半夏生は田植え完了の目安だったらしい。
現代では稲の銘柄のせいか、気候が早く進んでいるせいか、家族構成の違いのせいか、連休あたりから田植えを開始、半夏生の一ヶ月前には田植えを完了ではないだろうか?

旧暦の風景に想いをはせたいという思いから、さりはま書房日誌には旧暦も記している。

同時に今の若い人達はどんな風に季節を感じるのか……重なる部分、相違点も気になる。

かつて定時制高校で英語を教えていた頃のこと。

教科書の英文に「水田」が出てきた。どうも生徒たちの反応が鈍いから、もしや……と確認してみたところ、誰一人として白米の元が稲穂であることも、稲が水田に育つという事実も知らなかった。

外国籍の親御さんのもとに育った生徒も多い、小学校低学年から不登校の生徒も多い……という定時制高校ならではの特殊事情もあるのかもしれない。

でもキラキラした感性はあれど、水田というものを知らない今の若者たち……彼らに言葉を使ってどう日々の感動を伝えればよいのだろうか……自問しつつ、まずは私自身に旧暦の感性をたらしてみることから一歩。

「うたで描くエポック 大正行進曲 福島泰樹歌集」より「大八車の歌」を読む

甘粕事件について、この歌集で初めて知る。https://ja.wikipedia.org/wiki/甘粕事件

大杉栄だけでなく、産後間もない妻の伊藤野枝も、わずか六歳の甥っ子・橘宗一も、いきなり連行してすぐに殺害。裸にして井戸に投げ込んだ残虐さ。

指示したと見られる甘粕正彦の写真の穏やかな顔、甘粕の母の「子供好きだった」という言葉に、人間性を変えてしまう国家や権力の恐ろしさに慄然とする。

現代にも通じる国家悪への怒りがほとばしる歌に心うたれ、福島泰樹先生の歌を次に五首引用させて頂く。( )内は、歌の前に書かれていた説明の言葉。

「巨悪のテロルは常裁かれず」の言葉の重さよ……。

(橘宗一いまだ六歳 憲兵隊本部の庭に絶えし蜩)

大逆罪震災虐殺白色の 巨悪のテロルは常裁かれず

(大正十二年十月八日、第一回軍法会議)

逆徒大杉榮屠りし甘粕正彦は天晴れ国家に殉じし者よ

「國法」よりも「國家」が重い其の故に甘粕見事と言い放ちけり

(女らのいとけきかな奔放に生きしは井戸に投げ捨てられき)

裁判を暴け国家を、銃殺を命じし者らは猛く眠るを

(村木源次郎市谷刑務所で臨終)

さようなら縛られてゆく棺桶の 大八車の遠ざかりゆく

丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」を少し読む

屋形船おはぐろとんぼが語る徒然川の岸辺に咲くタキユリの群落。

美しい花の暴力的な生命……

生への不信……

生のすぐ近くにある死の気配……

そういうものが入り乱れた瞬間を切り取るのが丸山文学の魅力の一つだなあと思う。

まさに絶妙な均衡によって

気品の白に情念の赤を散りばめたその妖花の

むせ返るほど濃密な香りは

ゆるゆるの意識の深層に深く入りこんだ

獣的な粗暴さを刺激しそうな恐ろしい力を秘めながらも、

死を意識する頃に

生の不信のどん底に墜ちこみ

丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」上巻317頁

屋形船おはぐろとんぼに向かって、国家を静かに罵り、宣戦布告をする徒然川。この怒りがこれからどう炸裂していくのだろうか……楽しみである。

国家の原汚い支配層によって欺かれつづけてきた人々の

口先ではない本当の怒りがはじまるのは

これからなのだとのたまい

為政者どもの良心を疑っているうちに

国家を相手に戦いを宣する

丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」上巻325頁

仁木悦子「赤い猫」を読む

不幸な生い立ちの娘が孤独なお金持ちの老婦人と力を合わせて母親殺しの犯人を突きとめ、シンデレラに……という展開。心癒されるという人もいるだろうけど、私には安易で、あまりに偶然に頼りすぎている……これでいいのだろうか。ほんわかしたムードはあるが、ありえない感の方が強い。

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