さりはま書房徒然日誌7月6日(木)旧暦5月19日

幼子の笑顔は記憶攪拌装置

夏空に誘われたのか、日中、ゼロ歳から二歳くらいの幼子を連れた母親たちを何人も見かけた。年齢別人口を考えると、これだけ幼子たちに遭遇するのは珍しく、ラッキーな日だと思う。

なぜか幼子の無心な笑顔が呼び水となって、心に眠っていた意識が揺さぶられる。そんな風にして思い出したことを取り留めもなく二つほど。

かつて勤務していた夜間定時制高校で、たしか何かの新聞記事のコピーを配布したときのこと。

その記事にあった「教育は未来への投資」「若者は貴重な未来の資源」という言葉に生徒たちは敏感に反応した。

「教育が投資」という感覚も嫌だし、「私たちは資源じゃない」と反発。自分たちを利用するものとしてしか考えていない存在を見抜く感覚を頼もしく思うと同時に、そんな繊細な彼らが不登校生として長く過ごすことになった学校とは?と考えた。

もう一つ。たまに見かける双子用ベビーカーだが、バスの乗り降りのときお母さん一人だけではすごく大変そうだ。

車椅子と同じように、バスのステップに平板をかけてもらったら楽になるだろうに………と思う。

街で見かけた幼子の笑顔が、人を利用せんと貪ることかれ、優しい世界に生きよ……と呼びかけている気がした。

丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」を読む

屋形船おはぐろとんぼが荒地となった廃校に見つけた枝垂れの八重桜。

おはぐろとんぼがこの桜を見る眼差しに、丸山先生がこの世を見つめるときの理想と重なるものを感じる。

そしてその桜は

自立して存在することを執拗に阻む

底意地の悪い現今社会において

実り豊かなはずの理念が立ち消えてゆくなかにあっても

表情たっぷりの

爽やかに輝いた面持ちをしっかりと持続させ

丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」上巻494頁

八重桜はトンネル工事の犠牲者たちに衷心からの回向をたむけつつも語る言葉は、丸山先生のこの世とは別な世界がある……という世界観が反映されているように思う。読んでいるうちに、せかせかした現世が遠ざかってゆく……のが丸山文学の魅力だと思う

たとえいかなる悲劇が生じたとしても

たかがそれしきのことで嘆くことはないと

悠然たる笑みを浮かべつつ

そう耳もとでささやき

丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」上巻496頁

八重桜に国家との関係の在り方も語らせている。この考え方も魅力だし、同じことを人間が語ればうるさくなるところ、桜ならば素直に頷ける。

惰性的な慣習としての国家への帰属は

良心を棄て置いて

真っ当な答えを弾き出そうとするようなものだと

あっさり言ってのけ

丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」上巻496頁

福島泰樹「歌集 百四十字、老いらくの歌」より「桜花爛漫の歌」を読む

「桜花爛漫の歌」を読んでいると、とりわけ寺山修司について詠んだ歌が、寺山修司とはそういう辛い生い立ちの人だったのか……寺山修司のイメージはたしかに刹那を生きる人だなあ……と心に残る。以下に二首ほど引用する。

戦争で父を喪い夭(わか)くして母に棄てられつくつく法師

「存在と非罪」のせめぐ黄昏を寺山修司、笑みて消えゆく

次の歌は、私も福島先生のように生きたいもの……と怠惰を反省した。

暁闇に目醒めて朝をなすことは夢を呟き 歌を書くこと

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