さりはま書房徒然日誌2023年7月11日(水)旧暦5月24日

政治家や国家に与しない芸術家に憧れて

こんな暑い日に涼しくない話題を書かなくても……とも迷ったが。

私がとてもがっかりするもの……。

政治家と親しい関係にあることをしきりにPRする芸術家たちである。交流写真をアップしたり、あまり芸術がわからない政治家に文を書いてもらったり。

たしかに政治家は動員力も資金力も差配する力もあるだろう……弱い立場にある芸術家にとって心強いだろう……ステイタスアップの存在だろう……頼りたくなる気持ちはわかる。だが、とても嫌なのである。

さて昨夜、そうした政治家と仲良くしたい芸術家とは真逆の路線をいく福島泰樹先生の短歌絶叫コンサートへ行ってきた。

「大正十二年九月一日」という題のコンサートである。

関東大震災から三日後。

内務省警保局が海軍船橋送信所から「朝鮮人は各地に放火し、爆弾を所持し、放火する者あり。厳重なる取り締まりを加えられたし」との電文を各地方長官に送信。国家が朝鮮人虐殺に加担しながら謝罪しないまま百年経過。

(リンクは東京新聞の関連記事)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/242997

この事実に、小池知事が謝罪に来ない事実に、福島先生は怒りの絶叫を咆哮する。怒りが生む短歌の、朗読の、言葉の尊さよ……と拝聴。

芸術とは、政治家や国家に与せず、怒り、喜び、悲しみの感情の火花をいかに散らせるか……普通の人よりいかに早く、政治家や国家の悪を見抜くか……にある気がする。

丸山健二先生も、芸術家を炭鉱のカナリアに例えていらした……社会の悪、矛盾に普通の人より早く声をあげる存在なのだと。

福島泰樹先生や丸山健二先生、怒るべきところで怒ることのできる芸術家が私は好き。

芸術家が政治家や国家に与してしまったら、怒るべきところで怒ることができなくなる、それは芸術家の死を意味すると思う。

丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」を読む

「おはぐろとんぼ夜話」中巻27頁から47頁まで20頁にわたって、屋形船おはぐろとんぼの船頭、大男で少し知恵の遅れた男についての描写が続く。

一人の人間について、これほど言葉を尽くして語ることができるのか……。

一人の人間にこれほど複雑な世界が広がっているのか……。

と驚く。色々と気に入った文があるが、その中から「かくありたし」と思った文を一つ選んで引用したい。

茫漠とした荒野に等しい世界が長いこと沈黙しても

平気の平左で過ごせ

(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」中45頁)

大男とは反対の人生を生きる普通の人たちを語る言葉もとても心に残る

ゆるやかな楕円軌道を描きつづける

色調を失った生を背負って息づくそれとも大きく異なり

(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」中45頁)

ゆるやかな楕円軌道の生を歩いている……と思うと、なんだか悪くない生のように思えてきた。言葉は偉大なり。

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