丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」読了ー哲学小説でもあり長大な幻想文学でもありー
丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」上中下巻を読了。
屋形船おはぐろとんぼが森羅万象に想いをめぐらす哲学小説のようでもあり……。
生を持たない筈のおはぐろとんぼが語るからこそ見えてくる不思議な淡いの世界を描いた幻想小説のようでもある……。
今回が「おはぐろとんぼ夜話」を辿る初めての旅。
今後も幾度も「おはぐろとんぼ夜話」を読んで、言葉の海を、哲学的空間を旅するだろう。
丸山先生を思わせる屋形船おはぐろとんぼの俯瞰しているような仙人モードの語り……。
読めなかったり初めて知ったりした難しい、でも美しい言葉の数々……。思いがけない擬人法を散りばめた文章…….。
これから読む度に新しい発見がたくさんありそうで、再読するのが楽しみである。
屋形船おはぐろとんぼと過ごした最初の旅に名残惜しさを覚えつつ、本を閉じる。
実際には思いのほか短かったのかもしれないわが生涯が
あっさり夢幻の仲間に加わり、
高みへ
果てしのない高みへと移行する
人生の目標の濃い影
その下に佇むことに耐え切れなくなった
中途半端な傑物の心情が理解できたように思え、
(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」下巻632頁)
「おはぐろとんぼ夜話」の最後の頁から、生と死、未知なる自然が隣り合わせている丸山先生の価値観が伝わってきた。丸山文学は、死があるからこそ生が輝く世界を言葉で表そうとする姿勢が魅力の一つなのだと思う。
屋形船から棺へと化した
偉大なる燃えカスとしての私が振り絞る
最後の意思の力によって
ひょっとすると極楽浄土とやらの入口であるかもしれぬ
いまだにその存在を知られていない海溝へと通じる
段切り灘の底なしの底へ
どうころんでも恐怖の対象になり得ない
美し過ぎる天体の輝きといっしょに
宿命の黒ずんだ申し出を峻拒することなく
在るがままを受け容れながら
するすると滑り降りて行くのだった。
(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」下巻638頁)