丸山健二「トリカブトの花が咲く頃」上巻を少し読む
ー小さなトリカブトの花に、国家の嫌らしさを思い、弱き人々を思いー
私は山道に咲く花の名前を教えてもらっては、すぐにころりころりと忘れてしまう。
だが、それでも深い青色をしたトリカブトの花がひっそりと咲く様だけは忘れることができない。そんな訴えかけるものが、この花にはある。
以下の引用箇所。
「腹黒い国家体制や独占社会がもたらす底なしに根深い貧困」の中で、「経済的無力のほかに政治的無力にも突き落とされる」のは、我々のようでもあり、理不尽な恐怖に怯えている遠方の人々に重なるようでもある。
近年、こういう至極真っ当な怒りを書いてくれる書き手は、日本では非常に少なくなったように思う。
上層階級のふところを肥やすばかりの腹黒い国家体制や独占社会がもたらす底なしに根深い貧困と
そこに源を発する
病苦にみちた思い出やら
最小限の愛との断絶やら
人生の没落やらといったことから
絶えず圧力を受けつづけて気の休まる暇もなく
ついには
経済的無力のほかに政治的無力にも突き落とされるという
あまりに社会的立場の弱い人々が
(丸山健二「トリカブトの花が咲く頃」上巻139頁)
弱い立場にいる人々がトリカブトを目にしたとき心を駆け巡る思い。
こんなふうに思わせる魔力が、この花にはある。
花をとおして、国家を、弱い人を見る視点が丸山先生らしい気がする。
恥ずべき落ちこぼれである自分なんぞを大喜びでむかえ入れてくれるのはこの花だけだと
そう頭から決めつけてしまう
とたんに
それまで八方塞がりだった筈の眼路が広々と開け
執念深い虚無やだらしない厭世の統制下にあるおのれにはたと気づいて虫唾が走り
決め手を欠く人生に降りかかってくるのは不幸のみだと理会し
完璧な自由のなかでしか幸福の翼が羽ばたかないことを翻然と悟り
そしてしまいには
命からさえも自由になりたいと願わずにはいられなくなるのだ
(丸山健二「トリカブトの花が咲く頃」上巻140頁)