さりはま書房徒然日誌2024年3月29日(金)

丸山健二「千日の瑠璃 終結1」を少し読む

ー宿が生きているように思えてくる文の不思議さー

十二月十二日は「私は宿だ」で始まる。かなり歴史のある、でも古びた感じのある宿が語り手である。
宿の名前は「三光鳥」、ここでも鳥が使われている。「千日の瑠璃」では、あるいは丸山先生にとって鳥はライフワーク的存在なのかもしれない。

以下引用文。「呑みこんでは吐き出し」を繰り返すことで、宿に生命が宿っているような気がして、宿が語るということに不自然さがなくなってくる。

そんな客を呑みこんでは吐き出し
   吐き出しては呑みこみながら


(丸山健二「千日の瑠璃 終結1」290ページ)     

以下引用文。どの語り手のときも、世一がさりげなく登場してその存在が語られてゆく。ここでは「水と土のちょうど境目辺り」「陽炎のごとく」「色即是空を地でゆく」と表現されることで、世一の現実離れした不思議さが伝わってくる。

今朝方女将は
   わが敷地の一部になっている湖岸で
      水と土のちょうど境目辺りに
         陽炎のごとくゆらゆらと揺れている
            色即是空を地でゆくような存在の少年を
               見るともなしに見て、


(丸山健二「千日の瑠璃 終結1」293ページ)


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