丸山健二「千日の瑠璃 終結」1を少し読む
ーひとつの作品の中に百面相のように作家の様々な顔が見えるー
十二月二十三日は「私は誕生日だ」で始まる。この日は実際、丸山先生自身の誕生日でもあるところに、なんとも微笑ましいものを感じる。
「色褪せてしまった 売れない小説家の誕生日だ」などと書いてはいるが。
丸山先生の生活を思わせる「まだ夜が開けきらぬうちに目を覚まし」「午前中いっぱい書きつづけ」「普段と変わらぬ質素な献立」「スクーターに真っ黒いむく犬を乗せ」という言葉が散りばめられているのも楽しい。
以下引用文。
己を無視して、普段通りの執筆を続ける作家に腹をたてた誕生日が発する言葉である。また、これは作家の内心にひっそり巣食う思いのような気もする。
一歩距離をおいて自身の心、妻の反応をユーモラスに書くこの世界は、現在丸山先生がnoteに執筆されているエッセイとも共通する部分があるように思う。
ここではなんとも言えない、書いているのが楽しくて仕方ないという想いが漂ってくる。
楽しんだり、悲しんだり、怒ったり……ひとつの作品の中でも、作家が見せる顔は様々……どれが本当の顔なのだろうか。
取り残されたというか
置いてきぼりを食らってしまった私は
遠ざかって行く彼の背中に向かって
「それがどうしたあ!」と怒鳴ってやり
ついで
真実や真理を知ったところで
何がどうなるものではないだろうと
そんなことをわめき散らし、
すると彼の妻に
「もっと言ってやって!」と
炊きつけられてしまい、
なんだかそれきり興醒めして
出番を完全に失った。
(丸山健二「千日の瑠璃 終結1」337ページ