丸山健二「千日の瑠璃 終結2」一月三十一日を読む
ー遺影もじっと見ているのかもしれないー
一月三十一日は「私は遺影だ」で始まる。「胸が潰れるほどの悲しみを撥ね返してくれそうな 金ぴかの仏壇の前に」飾られた、松林で首をつって死んだ娘の遺影が語る。
「遺影」を語り手にしてみたら、家族のそれぞれの勝手な思いやら、線香をあげにきた友人の虫のいい願いやらを、感情を交えることなく、じっくりと人ごとのような視点で物語れるものと思った。
そういえば「遺影」を前にしたときは、自分の心を隠すことなく、正直になっている気がする。
以下引用文。線香をあげにきた世一の姉が、自分の恋はあなたと違って上手くいきそうだ、と勝手な思いを語る場面である。
「凝然として動かぬ私」という言葉にたしかに「遺影」はそうだなあと思い、「くどくどと」「見つめ直し」「一方的な頼み」という言葉から世一の姉が浮かんでくる。
つまり赤の他人同然の異性について
くどくどと語り、
あげくに
凝然として動かぬ私をまじまじと見つめ直し、
どうにかこの恋の行方を見守っていてほしいと
好ましい出発を願ってほしいと
そんな一方的な頼みをする。
(丸山健二「千日の瑠璃 終結2」93ページ)